マウイ島のヒストリー
カメハメハ時代からのマウイ島の主要な歴史上の出来事です。
1736年 カヘキリ王がマウイを統合する
1777年 カアフマヌ王妃がハナのカウイキの丘の洞窟で誕生
1778年 ジェームス・クック船長が1月にカウアイ島ワイメアに上陸
1778年 クック船長11月にハワイ再到来
1779年 クック船長、1月にハワイ島東湾ケアラケクアに投錨
1790年 カメハメハ大王の第1回マウイ島攻撃
ハレアカラが最後の噴火、この頃から白檀の輸出が始る
サイモン・メトカルフ船長がオロワルで住民を大虐殺する
1791年 カメハメハ大王のハワイ島攻撃
1795年 カメハメハ大王の第2回マウイ島攻撃、オアフ島攻撃
1802年 カメハメハ大王がカウアイ攻撃に備え、マウイに軍を移す
1810年 カウアイ島、ニイハウ島がカメハメハ大王の支配下になる
1819年 カメハメハ大王死去
カアフマヌ女王とカメハメハU世(リホリホ)の政治がスタート
ラハイナを首都に制定(1845年まで)
カプー制度の廃止、このころから捕鯨業が始る
1820年 アメリカ人宣教師ハワイ島に到着、この頃から砂糖きび栽培が始められる
1823年 カメハメハU世の英国訪問、マウイにプロテスタントの宣教師が到着
1824年 カメハメハU世と王妃がはしかにかかり英国で死去
カメハメハV世とカアフマヌ摂政女王の統治が開始
1831年 ラハイナ・ルナ学院開校
1832年 カアフマヌ女王の死去
カメハメハV世の堕落した政治
エリサベータ・キナウ(カアフマヌU世)の摂政政治
1839年 フランスと条約を締結
1840年 ハワイ初の憲法を公布
1845年 ハワイの首都をラハイナからホノルルへ移す
1846年 捕鯨業がピークを迎え、ラハイナに年間429隻の捕鯨船が訪れる
初のカソリック宣教師がラハイナに着く
1849年 アメリカ西海岸カリフォルニアでゴールドラッシュ始まる
クラポテトの需要が急激に促される
1852年 最初のハワイ労働者移民として293人の中国人が移住
1854年 カメハメハV世死去、 カメハメハW世就任
1859年 ぺンシルバニアで石油の採掘開始、捕鯨業の衰退、精糖業の台頭
1860年 ラハイナのパイオニア・ミルが創業
1863年 カメハメハW世29歳で死去、 カメハメハX世の就任
1864年 旧憲法廃止、新憲法制定、X世の専制的政治
1869年 ヘンリー・ボールドウィンがサミュエル・アレキサンダーと事業を開始
1872年 カメハメハX世42歳で死去、 カメハメハ王朝の終結
1873年 国民投票の末、ルナリロ王(ビル王子)が国王就任
1873年 ラハイナのバニアンツリーが保安官ウィリアム・スミスによって植樹
1874年 ルナリロ王39歳で死去、 選挙の末カラカウア新国王が就任
1876年 アメリカとハワイが互恵条約を締結、遂行(砂糖関税の廃止)
1878年 ヘンリー・ボールドウィンによるハマクア灌漑水路の完成
クラウス・スプレックルスがハワイアン・コマーシャル・カンパニーを設立
砂糖きび栽培が飛躍的な成長を遂げる
1879年 ワイルクからカフルイ港の間に鉄道が敷かれ、砂糖きびの運搬を開始
1880年 ドイツ人労働者移民が初めてマウイに到着
1881年 ノルウェー人とスウェーデン人が労働者移民として到着
マウイに初めて電力が供給される
1882年 ラハイナのパイオニア・ミルに砂糖きび列車が導入される
1888年 ハレアカラ牧場が開設される
1890年 スコットランド人が砂糖きびプランテーションの管理職として移民する
1890年 ドゥエイト・ボールドウィンがハイクに初のパイナップル農園をスタート
1895年 公式に認められた日本人労働者移民が初めてマウイに到着
1899年 イタリア人の砂糖きび農園労働者移民が到着
1900年 ハワイがアメリカ合衆国に併合される
沖縄からの移民が砂糖きび農園の新たな労働者として加わる
マウイニュース紙発刊
1901年 ラハイナにパイオニア・ホテル(現在のパイオニア・イン)がオープン
1902年 プウネネの砂糖きび工場が創業
1903年 韓国人の労働者移民がマウイに到着
1905年 ナヒクにアメリカ合衆国初のゴム農園が開設される
1906年 パイアの砂糖きび工場が創業
1907年 スペイン人の労働者移民がマウイに到着
1909年 ロシア人の労働者移民がマウイに到着、フィリピン人の移民も始る
1912年 西マウイ初のパイナップル農園がホノルア牧場でスタート
1921年 ハレアカラ山が国定公園に指定される
1926年 現在のハナ・ハイウェイが開通し、初の陸上のハナへの交通路となる
1930年 マウイ初の公共の空港がマアラエアに開設される
1935年 ハレアカラ・ハイウェイが開通する
1940年 プウネネに米海軍の空港施設が開設される
1941年 日本軍の潜水艦が2度にわたってカフルイ港を攻撃する
1943年 カフルイに米海軍の空港施設が開設される
1946年 大規模な津波がマウイを遅い14名の命が奪われる
1947年 ククイ・イン(現在のホテル・ハナ・マウイ)がオープン
1951年 カフルイ・ショッピング・センターがオープン
1956年 マカワオでのロデオ大会が初めて開催される
1959年 ハワイが合衆国50番目の州となる
1962年 カアナパリに初のホテル、ロイヤル・ラハイナ・ビーチ・ホテルがオープン
ハナ・ハイウェイが舗装される
1966年 カフルイ鉄道がその営業を終える
1970年 ワイレアのリゾート開発が始る
1970年 ラハイナの砂糖きび列車が観光客用に営業を開始
1971年 マウイ・モールがオープン
1972年 マウイ・カウンティの庁舎が建つ、カアフマヌ・センターがオープン
1976年 マウイへの観光客が100万人に達する
マウイ・インターコンチネンタル(現在のアストン・ワイレア)がオープン
1978年 カパルア・ベイ・ホテルが営業を開始
1983年 ユナイテッド航空の米国本土からの直行便が就航
1986年 ラハイナ・キャナリー・モールが缶詰工場を改造してオープン
1994年 カホオラヴェ島が米国海軍からハワイアンの手に戻る
参考文献:
- Gail Bartholomew著“Maui Remembers-A Local History”/ Mutual Publishing
- 共同編集“Insight Guide - Hawaii”/ Apa Productions
Paradise Authority / 小暮よしひろ yoshik@maui.net